イベントやキャンプ場から、災害時の避難所まで 仮設トイレ
仮設トイレ.com 簡易トイレ.com 簡易トイレ.com アルミブリッジ.com 仮設シャワー・風呂.com NETIS商品.com 建設ブログ"

神戸市環境局の緊急トイレ対応③

    仮設トイレの設営

    第二段階 苦情と要請の質的変化

    仮設トイレがある程度行きわたるまでは、「トイレを何とかしろ!」「仮設のトイレを設置してくれ!」という要望が殺到した。担当者はこの苦情処理に労力を費やした。

    しかし、「百人に1基」程度行きわたった段階で設置の苦情は減少した。さらに、「75人に1基」となった段階では苦情がなくなった。この経験がのちに、「仮設トイレは利用者100人に1基を目標とすべきだ」(神戸市環境局)という提言となった。

    一方、時間の経過とともにトイレに関する要請や苦情が質的に変化してきた。その苦情たるや恐怖でもあった。

    「仮設トイレ内で懐中電灯を付けると使用中の人影(シルエット)が映る。」

    「トイレ内を覗かれそうで不安だ。」

    「仮設トイレ本体が風で揺れる。安定性が悪い。」

    「仕切りのカーテンが風でバタバタと揺れる。手で押さえるわけにもいかず落ち着かない。」

    「ステップが高いから老人には使いづらい。」

    これらは、トイレ・プライバシーの問題や排泄行為の安全・安心にかかわる問題だ。

    「組立方が素人には難しい。」

    「便槽がビニール製なので、バキューム車のホースの先がくっついてきれいに汲取れない。」

    仮設トイレ設計上のハード的な問題も数多く指摘されていた。

    ちなみに、組立式仮設トイレのハード的改善面では関係メーカーが改善を行ったから、9年後の新潟県中越大震災の被災地には改良された組立型仮設トイレが数多く見かけられた。

    山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

    写真は、日野興業 製 仮設トイレ 水洗タイプ 洗面所 [GX-LS]

    仮設トイレの設営

    第二段階 苦情と要請の質的変化

    仮設トイレがある程度行きわたるまでは、「トイレを何とかしろ!」「仮設のトイレを設置してくれ!」という要望が殺到した。担当者はこの苦情処理に労力を費やした。

    しかし、「百人に1基」程度行きわたった段階で設置の苦情は減少した。さらに、「75人に1基」となった段階では苦情がなくなった。この経験がのちに、「仮設トイレは利用者100人に1基を目標とすべきだ」(神戸市環境局)という提言となった。

    一方、時間の経過とともにトイレに関する要請や苦情が質的に変化してきた。その苦情たるや恐怖でもあった。

    「仮設トイレ内で懐中電灯を付けると使用中の人影(シルエット)が映る。」

    「トイレ内を覗かれそうで不安だ。」

    「仮設トイレ本体が風で揺れる。安定性が悪い。」

    「仕切りのカーテンが風でバタバタと揺れる。手で押さえるわけにもいかず落ち着かない。」

    「ステップが高いから老人には使いづらい。」

    これらは、トイレ・プライバシーの問題や排泄行為の安全・安心にかかわる問題だ。

    「組立方が素人には難しい。」

    「便槽がビニール製なので、バキューム車のホースの先がくっついてきれいに汲取れない。」

    仮設トイレ設計上のハード的な問題も数多く指摘されていた。

    ちなみに、組立式仮設トイレのハード的改善面では関係メーカーが改善を行ったから、9年後の新潟県中越大震災の被災地には改良された組立型仮設トイレが数多く見かけられた。

    山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

    写真は、日野興業 製 仮設トイレ 水洗タイプ 洗面所 [GX-LS]

    閉じる

    神戸市環境局の緊急トイレ対応②

      仮設トイレの設営

      第一段階 総動員で設営

      震災後に自治消防庁(当時)・厚生省(当時)も仮設トイレの手配を呼びかけたこともあって、神戸市域には環整連のほか、仮設トイレ業者、東京都23区などの自治体から合計3041基(平成7年2月24日現在)が提供され、550ヵ所の学校避難所等に設置された

      (別途、ボランティア等からも639基が提供された)。

      簡易なポータブルトイレも1570基が提供され、高齢者や病人を抱える家庭からの要請に応じて配備され活用された。

      しかし、阪神高速道路神戸線の倒壊による東西交通の閉塞状態の中で、仮設トイレを積んだトラックも大渋滞に巻き込まれた。倒壊家屋や電柱電線などが道路を塞ぎ、仮設トイレの運搬・荷下ろしが困難を極めた。トラックで運び入れられない避難所があちこちに続出した。

      仮設トイレの設営は、トイレメーカー、環整連の応援のほか、自衛隊、他都市からの応援隊、土木協力会、ボランティア等によって総動員体制となった。

      この時、兵庫区の高松事業所は「仮設トイレが欲しい」と申告してもらう「申告設置方式」を採った。これにより比較的スムースに学校避難所、病院、テント村、駅、バスターミナル、市場、商店街、マンション等へと設置場所が拡大していった。

      山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

      写真は、日野興業 製 仮設トイレ 水洗タイプ 小便器 [GX-BS]

      仮設トイレの設営

      第一段階 総動員で設営

      震災後に自治消防庁(当時)・厚生省(当時)も仮設トイレの手配を呼びかけたこともあって、神戸市域には環整連のほか、仮設トイレ業者、東京都23区などの自治体から合計3041基(平成7年2月24日現在)が提供され、550ヵ所の学校避難所等に設置された

      (別途、ボランティア等からも639基が提供された)。

      簡易なポータブルトイレも1570基が提供され、高齢者や病人を抱える家庭からの要請に応じて配備され活用された。

      しかし、阪神高速道路神戸線の倒壊による東西交通の閉塞状態の中で、仮設トイレを積んだトラックも大渋滞に巻き込まれた。倒壊家屋や電柱電線などが道路を塞ぎ、仮設トイレの運搬・荷下ろしが困難を極めた。トラックで運び入れられない避難所があちこちに続出した。

      仮設トイレの設営は、トイレメーカー、環整連の応援のほか、自衛隊、他都市からの応援隊、土木協力会、ボランティア等によって総動員体制となった。

      この時、兵庫区の高松事業所は「仮設トイレが欲しい」と申告してもらう「申告設置方式」を採った。これにより比較的スムースに学校避難所、病院、テント村、駅、バスターミナル、市場、商店街、マンション等へと設置場所が拡大していった。

      山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

      写真は、日野興業 製 仮設トイレ 水洗タイプ 小便器 [GX-BS]

      閉じる

      神戸市環境局の緊急トイレ対応①

        阪神・淡路大震災で神戸市内でトイレ問題が大きくクローズアップされたのは神戸市内の避難所であった。

        同市にはイベントで使う移動トイレ車が4台、し尿処理を行うバキューム車が19台数しかなかった。下水道は、管渠の被害が相次いだほか、東灘下水処理場(終末処理場)は大きな被害を受け機能を完全に停止してしまった。

        このため、神戸市環境局(兵庫区高松事業所)は急いで仮設トイレの確保に乗り出し、し尿処理団体、関東・東海地方の自治体、民間企業等から仮設トイレの提供(無償)を受けることとなったほか、前述のようにし尿処理団体等からのバキューム処理の応援を得た。

        山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

        写真は、日野興業 製 仮設トイレ 水洗タイプ 和式 [GX-WS]

        阪神・淡路大震災で神戸市内でトイレ問題が大きくクローズアップされたのは神戸市内の避難所であった。

        同市にはイベントで使う移動トイレ車が4台、し尿処理を行うバキューム車が19台数しかなかった。下水道は、管渠の被害が相次いだほか、東灘下水処理場(終末処理場)は大きな被害を受け機能を完全に停止してしまった。

        このため、神戸市環境局(兵庫区高松事業所)は急いで仮設トイレの確保に乗り出し、し尿処理団体、関東・東海地方の自治体、民間企業等から仮設トイレの提供(無償)を受けることとなったほか、前述のようにし尿処理団体等からのバキューム処理の応援を得た。

        山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

        写真は、日野興業 製 仮設トイレ 水洗タイプ 和式 [GX-WS]

        閉じる

        仮設トイレ業者の緊急支援④

          反省

          阪神・淡路大震災での多くの体験から学んだことは多い。

          まず、道路の破壊など複合災害下でのトイレ支援は混乱状態に陥る。災害用トイレの緊急提供システムを作っておく必要がある。設置の指示系統がマチマチな上にトイレ必要数がわからない状態になる。これは、支援活動を阻害する。

          被災現場では、仮設トイレの設置場所の指定が明確でない。どこに設置するのかは全く不明。となると、ひとまず役所の前に搬入して指示を待つ。しかし、ここで指示系統がマチマチになり、せっかく仮設トイレ等を搬入しても被災者の待つ場所に設置するのが遅れる。被災者がどこにどの程度いるのかが摑めない。仮設トイレの必要数定かでない。

          このようなトイレ混乱状況の分析結果により、(株)広興は、平素の事前の準備と対策の必要性を強調した。

          ①緊急避難所に集まる被災避難者数を想定し、災害用仮設トイレの常備保管数を算出する。その時常備保管数は、最悪の道路状況により他からの搬入がないことを前提に最小限に抑えるべきだ。

          ②災害用仮設トイレは、異臭の発生や衛生上の問題をクリアし非水洗式で当座バキューム車を必要としない機能・形態のもの(バイオ式仮設トイレか汚物回収型トイレ)が望ましい。

          ③迅速かつ的確にトイレ業者が対応していくためには、緊急避難指定場所の正確な位置を表示した地図を本社・倉庫・ネットワーク拠点に常備し常に対応できる体制を作っておく必要がある(情報・連絡系統の確立。)

          山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

          写真は、日野興業 製 仮設トイレ  水洗タイプ 和式 [GX-AS]

          反省

          阪神・淡路大震災での多くの体験から学んだことは多い。

          まず、道路の破壊など複合災害下でのトイレ支援は混乱状態に陥る。災害用トイレの緊急提供システムを作っておく必要がある。設置の指示系統がマチマチな上にトイレ必要数がわからない状態になる。これは、支援活動を阻害する。

          被災現場では、仮設トイレの設置場所の指定が明確でない。どこに設置するのかは全く不明。となると、ひとまず役所の前に搬入して指示を待つ。しかし、ここで指示系統がマチマチになり、せっかく仮設トイレ等を搬入しても被災者の待つ場所に設置するのが遅れる。被災者がどこにどの程度いるのかが摑めない。仮設トイレの必要数定かでない。

          このようなトイレ混乱状況の分析結果により、(株)広興は、平素の事前の準備と対策の必要性を強調した。

          ①緊急避難所に集まる被災避難者数を想定し、災害用仮設トイレの常備保管数を算出する。その時常備保管数は、最悪の道路状況により他からの搬入がないことを前提に最小限に抑えるべきだ。

          ②災害用仮設トイレは、異臭の発生や衛生上の問題をクリアし非水洗式で当座バキューム車を必要としない機能・形態のもの(バイオ式仮設トイレか汚物回収型トイレ)が望ましい。

          ③迅速かつ的確にトイレ業者が対応していくためには、緊急避難指定場所の正確な位置を表示した地図を本社・倉庫・ネットワーク拠点に常備し常に対応できる体制を作っておく必要がある(情報・連絡系統の確立。)

          山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

          写真は、日野興業 製 仮設トイレ  水洗タイプ 和式 [GX-AS]

          閉じる

          仮設トイレ業者の緊急支援③

            トイレ緊急対応の大混乱

            ㈱広興は、阪神間や淡路島に仮設トイレを設置した際、「最小限の単位で多くの場所に設置すること」を優先した。どこの避難場所に被災者が何人いるのかが全く判明していなかったからだ。

            ㈱広興が手配した仮設トイレは、有償・無償合わせて約2,000基。㈱広興は、震災直後から兵庫県及び神戸市等の自治体の担当部所への電話・代議士への連絡要請・大阪府への電話・民放ラジオでの呼びかけ等を行った。が、電話の不通という不測の事態もあって思うようにことが進まなかった。

            「トイレを何とかして欲しい。」

            震災後24時間以上経過してから切実なトイレ要請が本格化した。要請に応じて仮設トイレを運んだ。が、どこに設置するかわからない。市役所や区役所に持ち込んで担当者の指示受けるとという段取りはできたが、今度は、肝心の担当者がどこにいるのか、探しても見つからない。2時間近くも待機という事態も発生した。要請第一報から約6~7時間後に仮設トイレを設置するというありさまであった。阪神高速道路の不通で交通が麻痺し渋滞が発生したからだ。

            一方、自社の仮設トイレをどこに設置したかがわからなくなった。後日、避難場所を約1週間かけて巡回し、やっと㈱広興の仮設トイレの確認を終えた。その結果、排泄汚物のバキューム指示が可能になった。

            山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

            写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 小便汲取便槽付 [AUG-U+BC37N]

            トイレ緊急対応の大混乱

            ㈱広興は、阪神間や淡路島に仮設トイレを設置した際、「最小限の単位で多くの場所に設置すること」を優先した。どこの避難場所に被災者が何人いるのかが全く判明していなかったからだ。

            ㈱広興が手配した仮設トイレは、有償・無償合わせて約2,000基。㈱広興は、震災直後から兵庫県及び神戸市等の自治体の担当部所への電話・代議士への連絡要請・大阪府への電話・民放ラジオでの呼びかけ等を行った。が、電話の不通という不測の事態もあって思うようにことが進まなかった。

            「トイレを何とかして欲しい。」

            震災後24時間以上経過してから切実なトイレ要請が本格化した。要請に応じて仮設トイレを運んだ。が、どこに設置するかわからない。市役所や区役所に持ち込んで担当者の指示受けるとという段取りはできたが、今度は、肝心の担当者がどこにいるのか、探しても見つからない。2時間近くも待機という事態も発生した。要請第一報から約6~7時間後に仮設トイレを設置するというありさまであった。阪神高速道路の不通で交通が麻痺し渋滞が発生したからだ。

            一方、自社の仮設トイレをどこに設置したかがわからなくなった。後日、避難場所を約1週間かけて巡回し、やっと㈱広興の仮設トイレの確認を終えた。その結果、排泄汚物のバキューム指示が可能になった。

            山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

            写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 小便汲取便槽付 [AUG-U+BC37N]

            閉じる

            仮設トイレ業者の緊急支援②

              発災後3日間のトイレ対応

              [1月17日]

              午前5時46分頃、大地震発生。9時に神戸市に電話を入れた。不通。9時50分、神戸市災害対策本部に仮設トイレの提供を電話で申し出た。・・・問合せなし。午後4時頃、某国会議員にアクションを依頼。

              [1月18日]

              午前7時頃、国会議員から入電。「神戸市から直ちに対応して欲しいと依頼があった。」

              8時、神戸市から搬入の依頼があった。8時20分、第一便(仮設トイレ50基)を出荷。その直後、8時40分頃、神戸市から各区役所あての搬入依頼の入電。一宮町に50基搬入の依頼あり。14時頃神戸市議会議長から手配に対するお礼の入電。14時頃大阪府に対しての協力申込み。

              [1月19日]

              仮設トイレの配送と配送準備を24時間体制で緊急手配する態勢に入った。医療機関に対してポータブルトイレ500台余をNHKの海路で神戸に搬入。大阪府の協力で簡易浄水器と小型給水ポリタンク4トン分をトラック1車で兵庫県防災臨時センターに搬入。

              山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

              写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 洋式汲取便槽付 [AUG-F+BC37N]

               

              発災後3日間のトイレ対応

              [1月17日]

              午前5時46分頃、大地震発生。9時に神戸市に電話を入れた。不通。9時50分、神戸市災害対策本部に仮設トイレの提供を電話で申し出た。・・・問合せなし。午後4時頃、某国会議員にアクションを依頼。

              [1月18日]

              午前7時頃、国会議員から入電。「神戸市から直ちに対応して欲しいと依頼があった。」

              8時、神戸市から搬入の依頼があった。8時20分、第一便(仮設トイレ50基)を出荷。その直後、8時40分頃、神戸市から各区役所あての搬入依頼の入電。一宮町に50基搬入の依頼あり。14時頃神戸市議会議長から手配に対するお礼の入電。14時頃大阪府に対しての協力申込み。

              [1月19日]

              仮設トイレの配送と配送準備を24時間体制で緊急手配する態勢に入った。医療機関に対してポータブルトイレ500台余をNHKの海路で神戸に搬入。大阪府の協力で簡易浄水器と小型給水ポリタンク4トン分をトラック1車で兵庫県防災臨時センターに搬入。

              山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

              写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 洋式汲取便槽付 [AUG-F+BC37N]

               

              閉じる

              仮設トイレ業者の緊急支援①

                仮設トイレの無償搬入

                日常の生活リズムを破壊し尽くした阪神・淡路大震災では、神戸市、西宮市、芦屋市、伊丹市、北淡町等の被災地域でトイレ問題が発生した。そのうち、最も避難住民が多く、トイレ問題が最も大きくクローズアップされたのは神戸市内の避難所であった。

                仮設トイレ業者も動いた。大阪の大手仮設トイレメーカー(当時)であった㈱広興がそのときの支援の模様を「メモ」に残していた。同社は、災害発生後72時間以内に学校避難所や病院等に仮設トイレを設置したのであった。

                山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 兼用汲取便槽付 [AUG-1+BC37N]

                仮設トイレの無償搬入

                日常の生活リズムを破壊し尽くした阪神・淡路大震災では、神戸市、西宮市、芦屋市、伊丹市、北淡町等の被災地域でトイレ問題が発生した。そのうち、最も避難住民が多く、トイレ問題が最も大きくクローズアップされたのは神戸市内の避難所であった。

                仮設トイレ業者も動いた。大阪の大手仮設トイレメーカー(当時)であった㈱広興がそのときの支援の模様を「メモ」に残していた。同社は、災害発生後72時間以内に学校避難所や病院等に仮設トイレを設置したのであった。

                山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 兼用汲取便槽付 [AUG-1+BC37N]

                閉じる

                神戸へのバキューム・トイレの緊急支援⑥

                  提言

                  森朴氏は、劇的なトイレ救援の体験を通じて自分たちのイズムを確信し、次のような提言をしている。これは現在でも新鮮である。

                  「地震等による広域災害に対する万一の備えとしてし尿処理対策を震災応急対策の第1と考えるべきだ。」

                  「政府の公共投資基本計画が全国の下水道普及率を21世紀に90%台にするというのならば、地方公共団体は下水道の整備に付随するフェイルセーフ機能として仮設トイレの大量備蓄とバキューム車、し尿汲取り要員の確保が必要である。」

                  山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                  写真は、旭ハウス製 仮設トイレ ペダル式軽水洗小便便槽付 [AUG-UJ+LP+BC37N]

                  提言

                  森朴氏は、劇的なトイレ救援の体験を通じて自分たちのイズムを確信し、次のような提言をしている。これは現在でも新鮮である。

                  「地震等による広域災害に対する万一の備えとしてし尿処理対策を震災応急対策の第1と考えるべきだ。」

                  「政府の公共投資基本計画が全国の下水道普及率を21世紀に90%台にするというのならば、地方公共団体は下水道の整備に付随するフェイルセーフ機能として仮設トイレの大量備蓄とバキューム車、し尿汲取り要員の確保が必要である。」

                  山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                  写真は、旭ハウス製 仮設トイレ ペダル式軽水洗小便便槽付 [AUG-UJ+LP+BC37N]

                  閉じる

                  神戸へのバキューム・トイレの緊急支援⑤

                    仮設トイレ設置作業と撤収

                    支援隊が神戸市内に入ると異常な光景にぶつかった。全ての家屋が倒壊したり傾斜し、ブロック塀や電柱が倒れて道路をふさぎ、道路そのものも多くが損壊していた。大型車が利用できないばかりか、2トン車も使えない状態だ。校庭や公園に仮設トイレを設置しようにも車では搬入できない。

                    「よしっ。皆で持って運ぼう!」

                    3、4人が人力で30キログラムの仮設トイレを1台、1台を持ち上げて100メートル以上も運ぶことになった。

                    バキュームホース数本を繋いで汲取り作業を行うこともあった。

                    やがて自衛隊が仮設トイレの設営を支援したことから、1月中には全避難所への仮設トイレの設置が完了した。

                    こうした困難に耐えて、支援隊は、仮設トイレの設置や汲取り作業つづけた。そして、約10日経った1月30日、バキュームによる汲取り処理を兵庫県水質保全センターや地元業者に引き継ぐこととなった。

                    森朴氏らの環整連のトイレ支援隊は、やがて各地に撤収していった。男たちの意地をかけたトイレ救援は終わった。

                    山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                    写真は、旭ハウス製 仮設トイレ ペダル式洋式軽水洗便槽付 [AUG-FJ+BC37N]

                    仮設トイレ設置作業と撤収

                    支援隊が神戸市内に入ると異常な光景にぶつかった。全ての家屋が倒壊したり傾斜し、ブロック塀や電柱が倒れて道路をふさぎ、道路そのものも多くが損壊していた。大型車が利用できないばかりか、2トン車も使えない状態だ。校庭や公園に仮設トイレを設置しようにも車では搬入できない。

                    「よしっ。皆で持って運ぼう!」

                    3、4人が人力で30キログラムの仮設トイレを1台、1台を持ち上げて100メートル以上も運ぶことになった。

                    バキュームホース数本を繋いで汲取り作業を行うこともあった。

                    やがて自衛隊が仮設トイレの設営を支援したことから、1月中には全避難所への仮設トイレの設置が完了した。

                    こうした困難に耐えて、支援隊は、仮設トイレの設置や汲取り作業つづけた。そして、約10日経った1月30日、バキュームによる汲取り処理を兵庫県水質保全センターや地元業者に引き継ぐこととなった。

                    森朴氏らの環整連のトイレ支援隊は、やがて各地に撤収していった。男たちの意地をかけたトイレ救援は終わった。

                    山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                    写真は、旭ハウス製 仮設トイレ ペダル式洋式軽水洗便槽付 [AUG-FJ+BC37N]

                    閉じる

                    神戸へのバキューム・トイレの緊急支援④

                      岐阜県バキューム支援部隊、深夜の出発

                      「今から出発します!」

                      18日午後11時、岐環協「災害救援部隊」第一陣が岐阜県庁前に集結した。バキューム車31台人員65人の大部隊である。時の岐阜県副知事篠田伸夫氏らは感動した面持ちで彼らを激励。深夜の出発を大きく手を振って最後まで見送った。目には大粒の涙があふれていた。

                      各県の支援隊もこれにつづいた。19日には京都と三重から、20日には静岡から・・・・・・。各地からバキューム車、作業員、仮設トイレ搬送車等が出発した。

                      ところが、道路は阪神高速道路、名神高速道路、第二神明道路、中国自動車道、国道43号線・2号線が不通となっていて、東西の物資輸送の主要幹線がストップ状態になっていた。当然、市街地を抜ける道路も大型車や普通乗用車で大渋滞していた。部隊の車は遅々として進まない。

                      「何だ、この渋滞は・・・・・・。この調子だと1日かかるぞ!」

                      支援隊はいらだった。ノロノロ運転で何とか阪神地域に入った。

                      こうして、各県の支援隊は21日までに神戸市内に入り、バキューム車60台と人員120人が勢ぞろいした。この時、仮設トイレの搬入台数は350基にのぼっていた。

                      山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                      写真は、旭ハウス製 仮設トイレ ペダル式軽水洗便槽付(和式) [AUG-1J+BC37N]

                      岐阜県バキューム支援部隊、深夜の出発

                      「今から出発します!」

                      18日午後11時、岐環協「災害救援部隊」第一陣が岐阜県庁前に集結した。バキューム車31台人員65人の大部隊である。時の岐阜県副知事篠田伸夫氏らは感動した面持ちで彼らを激励。深夜の出発を大きく手を振って最後まで見送った。目には大粒の涙があふれていた。

                      各県の支援隊もこれにつづいた。19日には京都と三重から、20日には静岡から・・・・・・。各地からバキューム車、作業員、仮設トイレ搬送車等が出発した。

                      ところが、道路は阪神高速道路、名神高速道路、第二神明道路、中国自動車道、国道43号線・2号線が不通となっていて、東西の物資輸送の主要幹線がストップ状態になっていた。当然、市街地を抜ける道路も大型車や普通乗用車で大渋滞していた。部隊の車は遅々として進まない。

                      「何だ、この渋滞は・・・・・・。この調子だと1日かかるぞ!」

                      支援隊はいらだった。ノロノロ運転で何とか阪神地域に入った。

                      こうして、各県の支援隊は21日までに神戸市内に入り、バキューム車60台と人員120人が勢ぞろいした。この時、仮設トイレの搬入台数は350基にのぼっていた。

                      山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                      写真は、旭ハウス製 仮設トイレ ペダル式軽水洗便槽付(和式) [AUG-1J+BC37N]

                      閉じる

                      神戸へのバキューム・トイレの緊急支援③

                        神戸市への支援の申入れ

                        森朴氏は、神戸市とも協議した。環整連関係の救援部隊の活動拠点を同市環境局の高松事業所(兵庫区)に確保した。この時、彼は、同市の環境局長に面会を求めて声高に主張した。

                        「トイレの確保は利便性の問題ではない。市民の生存の基本に関わる問題だ。下水道などのライフラインが回復するまでの間は、仮設トイレとバキューム車によるし尿収集が絶対に必要だ。」区役所は大混乱に陥っている。区の要請を待たずに必要な設備と人員の計画を決定すべきだ。」

                        「計画決定までの間は、我々が仮設トイレの緊急設置とバキューム車による汲取りを行いたい。」

                        その頃、各地の環整連団体の救援隊は神戸市内各地に向かう準備をはじめていた。

                        山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                        写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 洋式水洗架台付(壁排水) [AUG-FWR+15WS]

                         

                        神戸市への支援の申入れ

                        森朴氏は、神戸市とも協議した。環整連関係の救援部隊の活動拠点を同市環境局の高松事業所(兵庫区)に確保した。この時、彼は、同市の環境局長に面会を求めて声高に主張した。

                        「トイレの確保は利便性の問題ではない。市民の生存の基本に関わる問題だ。下水道などのライフラインが回復するまでの間は、仮設トイレとバキューム車によるし尿収集が絶対に必要だ。」区役所は大混乱に陥っている。区の要請を待たずに必要な設備と人員の計画を決定すべきだ。」

                        「計画決定までの間は、我々が仮設トイレの緊急設置とバキューム車による汲取りを行いたい。」

                        その頃、各地の環整連団体の救援隊は神戸市内各地に向かう準備をはじめていた。

                        山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                        写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 洋式水洗架台付(壁排水) [AUG-FWR+15WS]

                         

                        閉じる

                        神戸へのバキューム・トイレの緊急支援②

                          先遣隊が情報収集と行政調査のために動いた

                          「バキューム支援活動に入る。ともかく現地に飛ぼう!」

                          詳細な災害情報を収集し救援部隊の受け入れてもらう体制をととのえる必要があった。森朴氏は「先遣隊」として名古屋空港で民間ヘリコプター1基をチャーターし神戸に飛んだ。

                          ヘリコプターは、18日の午後2時ポートアイランドに到着。森朴氏は急ぎ兵庫県庁の環境局長や環境整備課長と救援活動の調整に入り、申し出た。

                          「仮設トイレの設置とバキューム車を提供したい。」

                          仮設トイレは、芦屋市から設置を開始した。淡路島の町からも要請があったが、港の使用が不能だった。淡路島への搬入は四国の環整連団体に支援を頼み香川県等の業界団体が支援を開始した。

                          山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                          写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 兼用水洗架台付(壁排水) [AUG-1WR+15WS]

                          先遣隊が情報収集と行政調査のために動いた

                          「バキューム支援活動に入る。ともかく現地に飛ぼう!」

                          詳細な災害情報を収集し救援部隊の受け入れてもらう体制をととのえる必要があった。森朴氏は「先遣隊」として名古屋空港で民間ヘリコプター1基をチャーターし神戸に飛んだ。

                          ヘリコプターは、18日の午後2時ポートアイランドに到着。森朴氏は急ぎ兵庫県庁の環境局長や環境整備課長と救援活動の調整に入り、申し出た。

                          「仮設トイレの設置とバキューム車を提供したい。」

                          仮設トイレは、芦屋市から設置を開始した。淡路島の町からも要請があったが、港の使用が不能だった。淡路島への搬入は四国の環整連団体に支援を頼み香川県等の業界団体が支援を開始した。

                          山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                          写真は、旭ハウス製 仮設トイレ 兼用水洗架台付(壁排水) [AUG-1WR+15WS]

                          閉じる

                          神戸へのバキューム・トイレの緊急支援①

                            バキューム車と人員を提供しよう

                            阪神・淡路大震災の被災地には、7000基近い仮設トイレ業者、建設業者、静岡県・東京都などから被災地に緊急搬入されたものであり、搬入費も含めて大半が無償で行われたものである。

                            その中で全国環境整備共同組合連合会(略称:環境連)も動いた。

                            「被災地では必ずし尿処理問題がでる!」

                            兵庫県南部地震が発生した17日の朝、そう直観した人がいた。岐阜県環境整備事業協同組合相談役(当時)の森朴繁樹氏だった。

                            「し尿問題の解決が緊急課題だ!」

                            そう直観した彼は、早速、被害情報の収集に着手。排泄物とトイレ問題にどう対処するか。厚生省(当時)と協議しつつ岐阜県の仲間たちや他県にも呼びかけた。

                            「バキューム車と人員を提供しようではないか!」

                            「仮設トイレ1000基を手配しよう!」

                            この岐阜県環整連東海・近畿地区協議会の各県組合に伝達された。各県のし尿処理団体は動きはじめた。

                            山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                            写真は、旭ハウス製 仮設洗面所 手洗架台付 [AUG-L+15WS]

                            バキューム車と人員を提供しよう

                            阪神・淡路大震災の被災地には、7000基近い仮設トイレ業者、建設業者、静岡県・東京都などから被災地に緊急搬入されたものであり、搬入費も含めて大半が無償で行われたものである。

                            その中で全国環境整備共同組合連合会(略称:環境連)も動いた。

                            「被災地では必ずし尿処理問題がでる!」

                            兵庫県南部地震が発生した17日の朝、そう直観した人がいた。岐阜県環境整備事業協同組合相談役(当時)の森朴繁樹氏だった。

                            「し尿問題の解決が緊急課題だ!」

                            そう直観した彼は、早速、被害情報の収集に着手。排泄物とトイレ問題にどう対処するか。厚生省(当時)と協議しつつ岐阜県の仲間たちや他県にも呼びかけた。

                            「バキューム車と人員を提供しようではないか!」

                            「仮設トイレ1000基を手配しよう!」

                            この岐阜県環整連東海・近畿地区協議会の各県組合に伝達された。各県のし尿処理団体は動きはじめた。

                            山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                            写真は、旭ハウス製 仮設洗面所 手洗架台付 [AUG-L+15WS]

                            閉じる

                            原始的な排泄行為とトイレ権⑥

                              トイレ権

                              阪神・淡路大震災は、我々に「災害時のトイレをめぐる人権問題」を意識させた。災害時といえども安心して排泄する機会の確保の必要性を思い知らせた。「地域防災計画」とか「震災対策」という言葉が空疎に響く。土地も家も家具も食事もそしてトイレも、ありとあらゆる破壊が目の前で起きた。

                              小林裕子さん(前出)は言う。

                              「衛星問題一つにしても震災時のトイレ問題は部分だけで見るのではなく避難所生活の大きなあり様の中で考えることが大切だ。」

                              トイレのことは、単に便器や便所の設備問題のことだけではない。震災時には平常時とは全く異なる原始的な排泄行為に回帰する。

                              阪神・淡路大震災は災害時の人権の何たるかも学ばせてくれた。ある学者がつぶやいた。

                              「災害トイレの問題は、日常生活のリズムの停止と崩壊によって発生する。震災での生活秩序の中ではトイレを人権問題として考えるべきだ。」

                              大震災は、平常時には当然であるはずの安全・安心のトイレ行為を完全に阻害する。激震で心にも体にも悪魔の事態が起きる。「人間の尊厳」は譲らなければならない。トイレ混乱を許容し「健康権」や「生存権」が無視されてはかなわない。特殊な様相を呈する事態にあってもトイレ権だけは保証しなければならない。

                              阪神・淡路大震災でこれを学んだ以上、トイレ混乱の再発防止策を平常時の生活の中に組み込み官・民ともに学習しておくべきなのだ。

                              山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                              イクストイレ

                              トイレ権

                              阪神・淡路大震災は、我々に「災害時のトイレをめぐる人権問題」を意識させた。災害時といえども安心して排泄する機会の確保の必要性を思い知らせた。「地域防災計画」とか「震災対策」という言葉が空疎に響く。土地も家も家具も食事もそしてトイレも、ありとあらゆる破壊が目の前で起きた。

                              小林裕子さん(前出)は言う。

                              「衛星問題一つにしても震災時のトイレ問題は部分だけで見るのではなく避難所生活の大きなあり様の中で考えることが大切だ。」

                              トイレのことは、単に便器や便所の設備問題のことだけではない。震災時には平常時とは全く異なる原始的な排泄行為に回帰する。

                              阪神・淡路大震災は災害時の人権の何たるかも学ばせてくれた。ある学者がつぶやいた。

                              「災害トイレの問題は、日常生活のリズムの停止と崩壊によって発生する。震災での生活秩序の中ではトイレを人権問題として考えるべきだ。」

                              大震災は、平常時には当然であるはずの安全・安心のトイレ行為を完全に阻害する。激震で心にも体にも悪魔の事態が起きる。「人間の尊厳」は譲らなければならない。トイレ混乱を許容し「健康権」や「生存権」が無視されてはかなわない。特殊な様相を呈する事態にあってもトイレ権だけは保証しなければならない。

                              阪神・淡路大震災でこれを学んだ以上、トイレ混乱の再発防止策を平常時の生活の中に組み込み官・民ともに学習しておくべきなのだ。

                              山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                              イクストイレ

                              閉じる

                              原始的な排泄行為とトイレ権⑤

                                たかがトイレ

                                「形のあるものは全て壊れる」人間の誰もが古代からそういう経験をしてきたはずだ。が、近代都市の生活生命線として形成した上下水道・電気・ガス。セオリーどおり完全に断絶した。

                                地下埋設物であっても激震が浅い地中物を少しでも破壊すれば遮断し断水する。電柱が倒れ電線が切断されれば停電する。これは当然だ。

                                「風が吹いて桶屋が儲かる。地震が排泄を阻害する。」

                                断水・停電が、約125万戸の水洗トイレを広報的に機能マヒさせ、人の排泄行為を阻害した。近代都市・神戸の文化的都会人たちも外国人も誰もがトイレに困窮した。この光景こそ震災なのだ。関東大震災(大正12年9月)でも宮城県沖地震(昭和53年6月)でも体験したトイレ問題。それが都市型災害の大きな特徴の一つと再認識され実証された光景だった。

                                住家が倒壊してホームレスと化した避難者たち。学校には老人、障害者、女性、子ども、幼児等も多く避難した。

                                どこの学校も避難所となり避難者は千人、二千人、三千人とみるみるうちに増えていった。広い体育館での雑居生活につづいて、教室での他人同士の生活という短期的だが非日常的な生活を余儀なくされた。

                                体育館の数少ないトイレでも校舎の各階のトイレでも汚物があふれ女性も子どもも嫌がった。

                                「こんなところでするの?」

                                「どうやってするの?私はいいや。」

                                紙が敷かれただけのポリバケツを前に幼児は母親の顔を見た。

                                「今のうちに早くしなさい!」叱るように母親が言った。非日常の無理難題が続発する中で、やがて、人々は「トイレ場所」を探しはじめた。その場所は拡大していった。体育館脇のの排水溝やグランド、子どもが遊ぶ砂場へと・・・・・・。

                                ペーパーの不足、水の不足、囲いのない状態での排泄などのさまざまな制約条件の中で大小便の排泄や生理の処理をすることになった。

                                この異常なトイレ行為は、救護、清掃、衛星、防疫、健康維持、治安等の復旧生活秩序の形成問題とも直結していた。

                                「ちびって下着が臭いと皆が嫌がっている。」

                                「トイレが大変だから水もおにぎりもがまんしよう。」

                                老人ははた目を気にした。やがて、老人の自殺体が発見されたとの情報がめぐった。

                                「やっぱ、食事よりトイレが大事や!」

                                「たかがトイレ」と思っていたが、トイレ騒動は大勢の人々に厄介な精神的負担を強いた。

                                トイレ問題は、「被災者の生存権」をどのように保障するかという深刻な問題を提起した。

                                生命・身体・精神・秩序・ゴミなどに関わるトイレ環境の破壊の問題は、被災者の基本的人権問題でもあったのだ。

                                山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                イクストイレ

                                たかがトイレ

                                「形のあるものは全て壊れる」人間の誰もが古代からそういう経験をしてきたはずだ。が、近代都市の生活生命線として形成した上下水道・電気・ガス。セオリーどおり完全に断絶した。

                                地下埋設物であっても激震が浅い地中物を少しでも破壊すれば遮断し断水する。電柱が倒れ電線が切断されれば停電する。これは当然だ。

                                「風が吹いて桶屋が儲かる。地震が排泄を阻害する。」

                                断水・停電が、約125万戸の水洗トイレを広報的に機能マヒさせ、人の排泄行為を阻害した。近代都市・神戸の文化的都会人たちも外国人も誰もがトイレに困窮した。この光景こそ震災なのだ。関東大震災(大正12年9月)でも宮城県沖地震(昭和53年6月)でも体験したトイレ問題。それが都市型災害の大きな特徴の一つと再認識され実証された光景だった。

                                住家が倒壊してホームレスと化した避難者たち。学校には老人、障害者、女性、子ども、幼児等も多く避難した。

                                どこの学校も避難所となり避難者は千人、二千人、三千人とみるみるうちに増えていった。広い体育館での雑居生活につづいて、教室での他人同士の生活という短期的だが非日常的な生活を余儀なくされた。

                                体育館の数少ないトイレでも校舎の各階のトイレでも汚物があふれ女性も子どもも嫌がった。

                                「こんなところでするの?」

                                「どうやってするの?私はいいや。」

                                紙が敷かれただけのポリバケツを前に幼児は母親の顔を見た。

                                「今のうちに早くしなさい!」叱るように母親が言った。非日常の無理難題が続発する中で、やがて、人々は「トイレ場所」を探しはじめた。その場所は拡大していった。体育館脇のの排水溝やグランド、子どもが遊ぶ砂場へと・・・・・・。

                                ペーパーの不足、水の不足、囲いのない状態での排泄などのさまざまな制約条件の中で大小便の排泄や生理の処理をすることになった。

                                この異常なトイレ行為は、救護、清掃、衛星、防疫、健康維持、治安等の復旧生活秩序の形成問題とも直結していた。

                                「ちびって下着が臭いと皆が嫌がっている。」

                                「トイレが大変だから水もおにぎりもがまんしよう。」

                                老人ははた目を気にした。やがて、老人の自殺体が発見されたとの情報がめぐった。

                                「やっぱ、食事よりトイレが大事や!」

                                「たかがトイレ」と思っていたが、トイレ騒動は大勢の人々に厄介な精神的負担を強いた。

                                トイレ問題は、「被災者の生存権」をどのように保障するかという深刻な問題を提起した。

                                生命・身体・精神・秩序・ゴミなどに関わるトイレ環境の破壊の問題は、被災者の基本的人権問題でもあったのだ。

                                山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                イクストイレ

                                閉じる

                                原始的な排泄行為とトイレ権④

                                  トイレ意識の欠如

                                  「水と食料の確保。そして防災袋」これが震災対策パンフの決まり文句だった。

                                  「誰もが災害時には水と食料が必要とは思っていたが、『トイレが大事だ』という意識はまるでなかった。」

                                  当時六甲小学校教頭だった小林裕子さんは、当時を振り返って空しくつぶやいた。

                                  あの時、ストックしていた防災用品は誰一人として持ち出さなかった。

                                  「突然頭の中が真っ白になった。何を持ち出すかなんて意識の中になかった。」

                                  一瞬のうちに破壊されたアパート。ガラスの散乱した廊下を老人たちは裸足で転びながら駆けて出た。足の裏は血だらけになっていた。

                                  断続的に震度5前後の余震が来た。余震の横揺れに怯え、隣家の火災におののいた。防災袋や日常用品のことなど脳裏には全くなかった。

                                  当時、その時、便意も尿意も忘れていた・・・・・・。

                                  山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                  イクストイレ

                                  トイレ意識の欠如

                                  「水と食料の確保。そして防災袋」これが震災対策パンフの決まり文句だった。

                                  「誰もが災害時には水と食料が必要とは思っていたが、『トイレが大事だ』という意識はまるでなかった。」

                                  当時六甲小学校教頭だった小林裕子さんは、当時を振り返って空しくつぶやいた。

                                  あの時、ストックしていた防災用品は誰一人として持ち出さなかった。

                                  「突然頭の中が真っ白になった。何を持ち出すかなんて意識の中になかった。」

                                  一瞬のうちに破壊されたアパート。ガラスの散乱した廊下を老人たちは裸足で転びながら駆けて出た。足の裏は血だらけになっていた。

                                  断続的に震度5前後の余震が来た。余震の横揺れに怯え、隣家の火災におののいた。防災袋や日常用品のことなど脳裏には全くなかった。

                                  当時、その時、便意も尿意も忘れていた・・・・・・。

                                  山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                  イクストイレ

                                  閉じる

                                  原始的な排泄行為とトイレ権③

                                    原始的な排泄行為がはじまった

                                    「トイレはどこや!もう出るがな・我慢でけん。」

                                    校門をくぐったときにも真っ直ぐにトイレに駆け込んだ人が大勢いた。落ち着いてきて、誰もが当然に朝の生理現象である尿意・便意をもよおした。そのうち、大勢の避難住民が学校内のあちこちの水洗トイレを使用しはじめた。

                                    当然、水洗トイレの水は出ない。ほんの先程まで出ていた水も止まった。完全に水が止まった。あちこちのトイレ便器は瞬く間に糞便の山。いわゆる「糞便のてんこ盛り」状態になった。

                                    拭いた紙クズや持ちこんだゴミ類が散乱から堆積状態になっていった。両足を置くスペースもないほどに溜まった。

                                    「何だ。この便器。糞の山やで!」

                                    「ともかく、ここでするしかないのや!」

                                    「我慢にも限界があるなんて言っておれんな。」

                                    そのうち、運動場や公園等にいた被災者たちは地面に穴を掘りはじめた。急ごしらえの素掘りの穴が便槽になって勝手に用を足した。植木の茂みまで行って用を足し葉っぱで拭いた。

                                    しゃがんで辺りをキョロキョロ見ながら原始的な格好で排泄した。不安いっぱいの排泄行為。「いやや、いやや。」幼い女の子も母親と離れてさせられた。泣いていた。

                                    「駅のトイレは使えるやろっ!」

                                    電車が止まった神戸市内のJR駅のトイレに入った。水も出ないし紙もない。すでに大勢の人が便器に溜めていた。臭いがすごい。足の踏み場もないが、滑らないように構えて中腰でしゃがんで排泄した。大便を手で処理して便所の壁になすり付けて”拭いた”。手形が壁じゅうに付いた。

                                    「手は泥で拭けばええ!」

                                    公園では砂漠の民のように砂や泥になすり付けて手を拭く光景も見えた。

                                    山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                    イクストイレ

                                    原始的な排泄行為がはじまった

                                    「トイレはどこや!もう出るがな・我慢でけん。」

                                    校門をくぐったときにも真っ直ぐにトイレに駆け込んだ人が大勢いた。落ち着いてきて、誰もが当然に朝の生理現象である尿意・便意をもよおした。そのうち、大勢の避難住民が学校内のあちこちの水洗トイレを使用しはじめた。

                                    当然、水洗トイレの水は出ない。ほんの先程まで出ていた水も止まった。完全に水が止まった。あちこちのトイレ便器は瞬く間に糞便の山。いわゆる「糞便のてんこ盛り」状態になった。

                                    拭いた紙クズや持ちこんだゴミ類が散乱から堆積状態になっていった。両足を置くスペースもないほどに溜まった。

                                    「何だ。この便器。糞の山やで!」

                                    「ともかく、ここでするしかないのや!」

                                    「我慢にも限界があるなんて言っておれんな。」

                                    そのうち、運動場や公園等にいた被災者たちは地面に穴を掘りはじめた。急ごしらえの素掘りの穴が便槽になって勝手に用を足した。植木の茂みまで行って用を足し葉っぱで拭いた。

                                    しゃがんで辺りをキョロキョロ見ながら原始的な格好で排泄した。不安いっぱいの排泄行為。「いやや、いやや。」幼い女の子も母親と離れてさせられた。泣いていた。

                                    「駅のトイレは使えるやろっ!」

                                    電車が止まった神戸市内のJR駅のトイレに入った。水も出ないし紙もない。すでに大勢の人が便器に溜めていた。臭いがすごい。足の踏み場もないが、滑らないように構えて中腰でしゃがんで排泄した。大便を手で処理して便所の壁になすり付けて”拭いた”。手形が壁じゅうに付いた。

                                    「手は泥で拭けばええ!」

                                    公園では砂漠の民のように砂や泥になすり付けて手を拭く光景も見えた。

                                    山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                    イクストイレ

                                    閉じる

                                    原始的な排泄行為とトイレ権②

                                      学校が避難所に変貌

                                      激震後、全壊・半壊の住居からわずかな防寒着で近くの学校に避難してきた人々。寒さに震え余震に震えていた。

                                      「早く校門を開けてよ!」

                                      「保健室には薬があるはずよ!」

                                      中央区の摩耶小学校には、小笠原教頭(当時)が到着した。連休明けのため早めに自宅を出た。自家用車は途中で激震に遭遇。鼓動が高まる。6時15分頃に小学校に到着。

                                      校門には200人を超す近隣からの避難者が毛布にくるまったり、着の身着のままで集まっていた。校門の鍵がかかっていて校内に入れずにいた。

                                      「わあ、先生、よう来てくれた。」皆が大声で叫んだ。

                                      小笠原は校門の鍵を開けた。この時、彼は嗟の判断で避難者の居場所を選定した。最初は体育館に入ってもらった。

                                      「次の方たちはこちらにどうぞ!」

                                      校舎の1階から4階まで順次誘導した。特に高齢者や障碍者は優先的に1階に入ってもらった。災害弱者に配慮しさらに教室の人数を調整した。避難者たちは秩序良く校舎に入れていった。避難者はこういう先生がいたことに感動した。

                                      校舎に入って1時間経った。学校のグランド、体育館、教室は避難してきた住民たちでごったがえしていった。

                                      こうして、地域の小・中学校がに「避難所」としての機能を開始しはじめた。

                                      「また余震や!おい、大丈夫か!」

                                      激震のパニック、頭が真っ白になった状態から2時間、4時間、6時間と経っていく。余震が打ちつづく。必死で避難してきた住民たちも少しずつ隣にいる人たちと話すようになった。

                                      「どうやってここに来た?」

                                      「何を持ち出した?」

                                      「あのおばあさん、ここにいるやろか?」

                                      「あのなあ、落ち着いたら1度家に帰ってみんといかんな!」

                                      「もう家はあかんわ。ムチャクチャやわ。人でかけてもようかたづけられんな。」

                                      「腹減ってきたな。」

                                      皆口々に喋っていた。・・・・・・まだまだ避難住民集団は形成されるどころではなかった。

                                      寒いことに気づき、腹が減っていることに気づき、顔見知りがいることにも気づきはじめた。

                                      一時的に落ち着きを取り戻した。同じ被災者たちとは激震の模様などを詳しく話せるようになったからか、緊迫感や緊張も少しずつ緩んでいった。

                                      山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                      イクストイレ

                                      写真は、ハマネツ製  イクストイレ ポンプ式簡易水洗タイプ 兼用和式 [TU-iXF4]

                                      学校が避難所に変貌

                                      激震後、全壊・半壊の住居からわずかな防寒着で近くの学校に避難してきた人々。寒さに震え余震に震えていた。

                                      「早く校門を開けてよ!」

                                      「保健室には薬があるはずよ!」

                                      中央区の摩耶小学校には、小笠原教頭(当時)が到着した。連休明けのため早めに自宅を出た。自家用車は途中で激震に遭遇。鼓動が高まる。6時15分頃に小学校に到着。

                                      校門には200人を超す近隣からの避難者が毛布にくるまったり、着の身着のままで集まっていた。校門の鍵がかかっていて校内に入れずにいた。

                                      「わあ、先生、よう来てくれた。」皆が大声で叫んだ。

                                      小笠原は校門の鍵を開けた。この時、彼は嗟の判断で避難者の居場所を選定した。最初は体育館に入ってもらった。

                                      「次の方たちはこちらにどうぞ!」

                                      校舎の1階から4階まで順次誘導した。特に高齢者や障碍者は優先的に1階に入ってもらった。災害弱者に配慮しさらに教室の人数を調整した。避難者たちは秩序良く校舎に入れていった。避難者はこういう先生がいたことに感動した。

                                      校舎に入って1時間経った。学校のグランド、体育館、教室は避難してきた住民たちでごったがえしていった。

                                      こうして、地域の小・中学校がに「避難所」としての機能を開始しはじめた。

                                      「また余震や!おい、大丈夫か!」

                                      激震のパニック、頭が真っ白になった状態から2時間、4時間、6時間と経っていく。余震が打ちつづく。必死で避難してきた住民たちも少しずつ隣にいる人たちと話すようになった。

                                      「どうやってここに来た?」

                                      「何を持ち出した?」

                                      「あのおばあさん、ここにいるやろか?」

                                      「あのなあ、落ち着いたら1度家に帰ってみんといかんな!」

                                      「もう家はあかんわ。ムチャクチャやわ。人でかけてもようかたづけられんな。」

                                      「腹減ってきたな。」

                                      皆口々に喋っていた。・・・・・・まだまだ避難住民集団は形成されるどころではなかった。

                                      寒いことに気づき、腹が減っていることに気づき、顔見知りがいることにも気づきはじめた。

                                      一時的に落ち着きを取り戻した。同じ被災者たちとは激震の模様などを詳しく話せるようになったからか、緊迫感や緊張も少しずつ緩んでいった。

                                      山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                      イクストイレ

                                      写真は、ハマネツ製  イクストイレ ポンプ式簡易水洗タイプ 兼用和式 [TU-iXF4]

                                      閉じる

                                      原始的な排泄行為とトイレ権①

                                        一瞬の激震

                                        「神戸に大震災が来ることなど誰もが考えてもいなかった。」

                                        神戸市環境局長(当時)の近谷衛一氏が回顧した。震災後の神戸市民の本音を代弁した言葉だ。

                                        「ガスタンクが爆発したかのような音響が聞こえたと思ったら、すぐに体が突き上げられ激しい横揺れが来た。」

                                        信じられない一瞬。1年で最も厳寒の1月中旬、M7.3(震度7)の激震が、早朝5時46分に発生した。

                                        山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                        イクストイレ

                                        写真は、ハマネツ製  イクストイレ 簡易水洗タイプ 洋式 (ロータンク仕様) [TU-iXFW]

                                        一瞬の激震

                                        「神戸に大震災が来ることなど誰もが考えてもいなかった。」

                                        神戸市環境局長(当時)の近谷衛一氏が回顧した。震災後の神戸市民の本音を代弁した言葉だ。

                                        「ガスタンクが爆発したかのような音響が聞こえたと思ったら、すぐに体が突き上げられ激しい横揺れが来た。」

                                        信じられない一瞬。1年で最も厳寒の1月中旬、M7.3(震度7)の激震が、早朝5時46分に発生した。

                                        山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                        イクストイレ

                                        写真は、ハマネツ製  イクストイレ 簡易水洗タイプ 洋式 (ロータンク仕様) [TU-iXFW]

                                        閉じる

                                        神戸でトイレ混乱がはじまった⑤

                                          他の自治体から震害ゴミ処理・トイレ提供の支援

                                          避難所や仮設トイレブースからし尿や震害ゴミ等が大量に発生。あちこちに震害ゴミや生活ゴミが積み上げられ、仮設トイレの使用不能も頻発した。

                                          「阪神地区に仮設トイレの応援部隊を出そう!」

                                          「ストックしている仮設トイレはどのくらいあるんだ?」

                                          東西の近隣自治体の応援がはじまった。

                                          仮設トイレの提供は、東京都・横浜市・京都市・小野市・川崎市・名古屋市・大阪市・新潟市・静岡市・千葉市。仮設トイレの設置作業は大阪市が行い、さらに「し尿の汲取り作業」は岡山市・広島市が行った。

                                          「被災地に膨大なゴミが出はじめた。何とか収集と焼却をしてもらえないか?」

                                          大阪府は、兵庫県からの要請でゴミ収集車(搬出用ダンプを含む)延べ1006台、バキューム車延べ52台を出動させ、要員延べ3004人を被災地に派遣した。回収したゴミ約13000トン、し尿約4600リットルを府に持ち帰って処理した。

                                          損壊家屋のガレキ処理では、廃材約17497トン(平成8年10月末現在)の焼却処理を大阪湾広域臨海環境整備センター(平成8年2月終了)の泉大津処分場で実績ベース約76万トンを受け入れた。

                                          山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                          イクストイレ

                                          写真は、ハマネツ製  イクストイレ 簡易水洗タイプ 兼用和式 (ロータンク仕様) [TU-iXF]

                                          他の自治体から震害ゴミ処理・トイレ提供の支援

                                          避難所や仮設トイレブースからし尿や震害ゴミ等が大量に発生。あちこちに震害ゴミや生活ゴミが積み上げられ、仮設トイレの使用不能も頻発した。

                                          「阪神地区に仮設トイレの応援部隊を出そう!」

                                          「ストックしている仮設トイレはどのくらいあるんだ?」

                                          東西の近隣自治体の応援がはじまった。

                                          仮設トイレの提供は、東京都・横浜市・京都市・小野市・川崎市・名古屋市・大阪市・新潟市・静岡市・千葉市。仮設トイレの設置作業は大阪市が行い、さらに「し尿の汲取り作業」は岡山市・広島市が行った。

                                          「被災地に膨大なゴミが出はじめた。何とか収集と焼却をしてもらえないか?」

                                          大阪府は、兵庫県からの要請でゴミ収集車(搬出用ダンプを含む)延べ1006台、バキューム車延べ52台を出動させ、要員延べ3004人を被災地に派遣した。回収したゴミ約13000トン、し尿約4600リットルを府に持ち帰って処理した。

                                          損壊家屋のガレキ処理では、廃材約17497トン(平成8年10月末現在)の焼却処理を大阪湾広域臨海環境整備センター(平成8年2月終了)の泉大津処分場で実績ベース約76万トンを受け入れた。

                                          山下亨著 阪神・淡路大震災と新潟県中越大震災の教訓 「トイレが大変!」災害時にトイレ権をどう保障するかより引用

                                          イクストイレ

                                          写真は、ハマネツ製  イクストイレ 簡易水洗タイプ 兼用和式 (ロータンク仕様) [TU-iXF]

                                          閉じる